ゲームは人生の簡易版というお話

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私は子供の頃からゲームが好きで、今も普段からゲームをしています。

小学生の頃は友人の家に集まってゲームキューブとかやってましたね。スマッシュブラザーズやって盛り上がっていた世代です。

昔からゲームをやっているせいでゲーム脳になり過ぎているのか分かりませんが、いつからか私の頭の中では「ゲームは人生の簡易版」だと考えるようになりました。

ゲームは努力を裏切らない

ゲームって簡単に努力が認められます。

ドラゴンクエストのようなRPGゲームが最も分かりやすいですが、強い敵を倒すためには道端の雑魚敵を倒してレベルを上げたり、雑魚敵から得たお金で強い装備を買います。

目的を達成するための努力の内容が明確で、ゲームは努力を裏切りません。やった分だけ自分のキャラクターが強くなっていきます。

さらに最近のゲームはオンライン環境が整っているため、パソコンのネットゲームに限らず、昔はオフラインでしかできなかったテレビゲームでも世界中のゲーマーと一緒にプレイすることができるようになっています。

昔のオフラインゲームは自分が決めた目標や、ゲーム内で用意されている目標に向かって淡々と努力をしてゲームをクリアしていくのが当たり前でした。

ところが、最近のオンライン環境が整ったゲームは自分の努力によって作り上げられたキャラクターなどを使って同じゲームをしているプレイヤーと対戦をしたり、自分の強さを他人にアピールできます。

人は他人から自分の凄さを評価されると純粋に嬉しく感じますし、自分の凄さを見せつけることによって自らの欲求を満たすことができます。

他人からの評価を得られるシステムを持っているゲームは長続きしますし、ゲームコンテンツの魅力を最大限に引き出してくれます。

誰しもが持っている承認欲求

これって現実の世界でも同じことが言えますよね。

会社で良い営業成績を出して称賛されると嬉しいですし、学校のテストで良い点数をとって友人や親から褒められるのも嬉しいです。

多くの人は目標を達成した後の未来やイメージを描いて他人からの評価に期待をし、自分の意思よりも他人の評価を尊重する傾向にあります。

これは他人から認められたいという承認欲求を持っているが故の思考ですが、これを自覚している人は少なく、皆無意識にこの欲求を満たそうとしています。

無意識な承認欲求

例えば大学卒業を控えている就活生がよく陥る「大企業病」が挙げられます。

いわゆる「大企業病」に陥る要因には良い企業に就職して少しでも周りから認められたいという考えがあります。

就職人気ランキング上位に食い込む企業の説明会には多くの就活生が殺到し、入社することができれば親に安心してもらえ、周囲からも一目置かれる存在になります。

大企業病に陥る人が全員、これらの考えを持っているわけではありませんが、意識せずとも無意識に他人から認められたいという考えがあって、大企業を選ぶ傾向にあります。

結局のところ、人は自分の意思よりも他人からの評価を優先して行動してしまう人が多いのです。

ゲームと現実との違い

ゲームはやった時間の分だけ強くなり結果がついてくる一方で、現実の世界では努力をしても結果が報われないことが多々あります。

これは視点を変えると、当たり前といえば当たり前の話です。

計算された努力設計

ゲームにハマる大きな要因にはゲームの作り手による計算し尽された努力設計プランが用意されています。

ゲームの作り手というものは、プレイヤーがゲームに飽きないように次から次へと達成したくなる目標を提供し、自然と目標に向かって努力をするように計算をしてゲーム設計をしています。

言い換えるならば親が子供に自然と楽しく勉強をさせるように仕向ける環境を作っているようなものです。

現実の世界では頑張れる人、頑張れない人や、結果が出せる人、出せない人といった分類をされることがありますが、ゲームの世界ではそのような差がつきにくいです。

ゲームで努力した時間の分だけ結果がついてくる背景には、そもそもゲームの作り手が努力の時間=結果になるように設計しているからだと言えます。

現実の世界がハードモードな理由

ゲームは作り手によって、プレイヤーがゲームにハマるようにやることを簡単に明確化させ、行動する動機も与えてくれます。

ところが現実の世界では目標を達成する為の行動内容や方向性などを自分で考える必要性が出てきます。

例えば大学受験に受かろうとした時、今の時点で何をすべきかパッと分かる人はどれほどいるでしょうか。

恐らく塾の講師などを務めている勉強の仕方のエキスパートでない限り、今の自分の学力はどれほどで、志望校に合格する為には今から何をすべきかといった道すじや、勉強の方向性が明確には分かりません。

一方でゲームの場合は強い敵を試すために雑魚敵を倒してお金を集めて装備を強くする、プレイヤースキルを磨いて強い敵を倒すといった、やることの明確性が全く違います。

さらに、現実の世界では目標を達成する為の動機が分からないことが多々あります。

子供が親や先生に「なぜ勉強しなければいけないの?」といった質問をすることがよくありますが、まさにこれが目標を達成する為の動機の不明確性です。

これらの要素がゲームの世界ではできる人とできない人が二極化しにくいのに、現実の世界では二極化してしまう違いになっていると考えられます。

努力の敷居値の違い

最も大きな違いは人生とゲームで求められる努力量が挙げられます。

ゲームは目の前の報酬や他人から認められたいといった考えがあり、その目標を達成する為の努力量は少なく済みます。ネットゲームで言えば、一つのネットゲームを1、2年やり続ければそのゲームタイトルの中では上級者、さらにはそのゲームで有名人になることもあります。

しかし、現実の世界ではゲームに比べて目標を達成する為の方向性や動機が分かりにくかったりするだけでなく、努力が必要とされる量が圧倒的に違います。

大学受験にしても今までの人生で積み重ねて来た学力が必要とされ、社会に出てみたら今度はこれまでの学力が無意味化するケースが多く、さらには入った業界の知識を身に付けなければなりません。

社会人生活は人生の中で最も長く、簡単に計算して20歳~60歳が社会人だと考えても40年あります。

40年という時間の中で新社会人として企業に入社したとしても、その道で10年、20年以上生きている社会人に勝つことは相当難しいです。

ネットゲームを始めたばかりの初心者と、同じネットゲームをし続けて1年経つプレイヤーとでは雲泥の差がありますが、現実の世界ではその差がさらに大きくなり、その大きな枠組みの中で勝ち抜いていく必要があります。

最後に

ゲームと現実の世界の大きな違いには

  • 目標を達成する為にすべき行動の明確性
  • 努力をする動機の分かりやすさ
  • 目標を達成するに至るまでの努力量

この3点が挙げられます。

私が「ゲームは人生の簡易版」と言っている理由には考え方や思考はゲームにおいても、人生においても共通する点が多くあるものの、これらの要素には難易度の違いがあり、ゲームはプレイした時間に比例して強くなれると言うゲーム設計に保障された簡単さがあるからです。

ゲームが得意な人はこれら3点の違いをクリアした時、現実の世界でも素晴らしいプレイヤーになれるのかもしれません。

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