O鯖西の勢力事情を徒然と思い返す

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アーキエイジのO鯖は2014年の11月頃に開始されましたが、私がアーキエイジを始めたのは鯖開始から大体2ヶ月後の2015年1月頃でした。

O鯖が開始されてから約1年と数か月が経過し、同時に私がアーキエイジを始めてから約1年が経過しました。

アーキエイジをしてきた1年は思えば早いようで遅いような変な感覚に陥ります。

1年間のO鯖の勢力事情

私はO鯖西に身を置いているので「O鯖の勢力関係は西が優勢です」と言いたいところですが、O鯖は鯖開始当初から今に至るまで、東西の勢力バランスは東に傾いていると言えます。

西も負けじと踏ん張ってきましたが、勢力のトップとして前に出る人々は次から次へと引退していってしまいました。

トップが消えれば、また次のトップが出てくるのは自然な流れですが、トップが変わってもO鯖の勢力バランスは変化していないのが現状です。

勢力間の差

O鯖の勢力バランスは東に傾いたままですが、その差は縮まっているのかというと、個人的にはあまり差は縮まっていないと思っています。

ここでいう「勢力の差」というのは実質的な勢力の強さを指しています。

例をあげるとするならば以下のようなものです。

  • 重要なコンテンツでどれほどの人数が集まるか
  • その時代における圧倒的な装備Pを誇る人数

勢力の強さは明確に表しきれるものではありませんが、要するに勢力コンテンツの勝敗を決める状況下で必要な要素を揃えられているかどうかの差は、1年間の中であまり変化はなかったように感じています。

たしかに、時間の経過と共にO鯖プレイヤーの装備Pは全体的に上昇していき、装備Pを上げる難易度も仕様の変更によって容易くなりました。

それに伴って強さが変わらないNMを狩る難易度は徐々に下がっていき、西勢力もクラーケンやレッドラを狩ることには成功しています。

ただし、それは西が東に追いついてきたというよりは、O鯖全体の平均装備Pや知識が上昇しただけに過ぎず、勢力間の差は縮まっていないと思っています。

「西でどれほどの人数が揃うようになった」、「何を狩れたか」といったものは確かに勢力としての進歩として考えられますが、それに伴って東も進歩していることを考えるとまだまだ厳しいのが現状でしょう。

 

西と東の差は何か

端的に言うならば西と東の差は人数を多く抱えている遠征隊があるかどうかだと思っています。

一つ言えることは大規模遠征隊が今も尚、残り続けているのは東だけであるということです。

O鯖開始当初の内部戦争や揉め事について、私はまだアーキエイジをしていなかったことや、初心者だったこともあり、詳細は知らない部分が多いです。

東の遠征隊も名前や内部の運営形態が変わっていますが、大きな枠組みは維持したまま一定の勢力バランスが決まった後に変化をしています。

西と東の差を分けた大きな要因にはO鯖開始当初の東は影響力を持った配信者がいたことが挙げられます。

鯖開始直後でありながらも団結力といった意味では西に比べて大きなアドバンテージがあったと思っています。

もちろん勝敗を決めた要因はそれだけに限らないとは思いますが、初心者なりに当時の勢力争い(主にクラーケン)を見ていてそのよう感じました。

 

西の大手遠征隊が消えていった原因

鯖開始当初の勢力争いで東が勝ち、西が負けたとしても、大手遠征隊が消えることには結び切れません。

たしかに当時、勢力バランスが初めて決定された直後に西の主力遠征隊が海賊に流れたり、引退していった傾向はありましたが、他にもまだまだ人数を抱えている遠征隊はたくさんありました。

それでも少しずつ人数の多い西の遠征隊が解散し、人が小さな遠征隊に細々と散っていく今の西の現状に至ってしまった原因は人との付き合い方に問題があったと思っています。

勝っている勢力の遠征隊というものは、コンテンツ争いに勝つことによって得られる恩恵がある為、多少の不満や居心地の悪さなどがあったとしても、人数の多い遠征隊に身を置くケースがあります。

しかし、負けている勢力は大手遠征隊にいることのメリットが勝っている勢力に比べて薄くなる為、何か少しでも不満や問題が起きると少しずつ分裂していってしまいます。

 

アーキエイジは人間関係が強く影響する

アーキエイジは通常のオンラインゲームに比べて、人間関係のしがらみが強く出やすい特殊なゲームだと思っています。

「O鯖西は遠征隊間の闇が深い」

こんなセリフをツイッターで定期的に見かけます。

私の身の回りではあまり遠征隊間の闇を感じることはないのですが(鈍感なだけかもしれません)、たしかに遠征隊間で何らかの揉め事が起きるのは仕方のないことだと思います。

私は初心者の頃に今は亡きなんとか組に1ヶ月ほど身を置いていましたが、他の遠征隊の人と揉めている状況をよく見かけていました。

きっかけは些細な出来事に過ぎませんが、他の遠征隊のプレイヤーというものは情報が無さ過ぎるが故に、悪い部分が最初に目についてしまうと、悪い部分しか知らないことから揉め事に発展しやすいと言えます。

さらに、他の遠征隊の人に何かをされた時、そのプレイヤーだけでなく、そのプレイヤーが所属している遠征隊のイメージにまでこぎ着けてしまう人は少なくありません。

そのような小さな印象の積み重ねと、それを感じた人物が遠征隊内でその情報を発信してしまうことによって、遠征隊間の闇が根強く形成されていきます。

アーキエイジの勢力コンテンツで勝つためには各遠征隊同士が協力し合うことが必要不可欠と言えますが、このような小さな印象の積み重ねによって遠征隊間の闇が生み出されていってしまうと、勢力コンテンツで勝つことはできません。

 

引き時を見極めなかったO西

私はO鯖西の何らかの同族戦争や、揉め事の火種となる立場にはなったことはありませんが、度々巻き込まれてきました。

1年間アーキエイジをしながら、その様子を見てきて感じたことは、遠征隊間の揉め事が起きた時に、両者どちらも引き時のラインを見極めなかったことが、ここまで遠征隊が小さく点在してしまった要因にあると考えています。

なにごとにも引き時、妥協するラインは必要になってきます。

「揉める」ということは、きっかけがどんなに些細なことであったとしても、言い合いをしている最中は両者共に「自分が正しい」と思う正義があるからこそ、自分の意見を主張しています。

これまでのO西の遠征隊間の揉め事の中には、お互いが状況を上手く認識できていなかったことによる誤解が原因で揉めていたこともあったかもしれません。

それで最終的にどちらかに非がないことがわかったとして、相手が謝罪をしようとする、あるいは相手が謝罪をした時、私が今まで見て来たO西は相手が下げる頭を謝罪されている側が踏みにじるという状況を多く見受けました。

揉めた相手が自分の非を認めて謝罪をしてきた状況というものは、謝罪を受けた身としては気持ちが良い状況だと思います。

相手に自分の正義が認められるとついつい、「だから言ったじゃないか」とさらに相手を追い込んで気持ちよくなります。

しかし、相手が折れた、あるいは折れそうな状況でさらに相手を追い込んでもプラスに働くことはありません。

それを逆手にとって、あの手この手で相手をさらに追い詰めてしまうと、今後自身が何らかの活動をしていこうと思った時に、思わぬ足枷になり、遠征隊の細々とした分裂に繋がっていきます。

謝罪してきた相手の頭を踏みにじる行為は一時の快感の代償に、今後のリスクが付き纏います。

折れて謝罪する側も折れるまでの過程で引き際を見誤った結果、本来謝罪される側が逃げる余地を与えてくれたかもしれないのにも関わらず、引き下がれなくなることもあります。

一時の感情で動いてしまい、折れるに折れない状況になってしまうと、謝罪を受けるべき側もだんだん頑固になってしまうのが自然です。

揉め事は基本的に自分に非がないと分かった時、まだ攻めれる余地があったとしてもそこは一歩身を引き、自分が損をしてでも意図的に相手の逃げ道を作ってあげると、今後の付き合いで損が得に切り替わることがよくあります。

今となってはどうしようもない話ではありますが、負けている勢力ほど勝つためには、勢力内の人間関係に細心の注意を払う必要があると思っています。

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